今年もまた、暑い夏が訪れようとしています。気象庁が「酷暑日」を正式な予報用語に追加したように、ここ数年で、夏の暑さの質が変わり、職場の健康リスクとして看過できない水準に達しています。
2025年の職場における熱中症による死傷者数は、1,681人に上り、前年比で約4割増加しました。死亡者数は15人でした。屋外作業、建設、倉庫、工場、配送、警備、厨房はもちろん、空調のあるオフィスでも、通勤時の暑熱負荷、外回りからの帰社、慢性的な睡眠不足が重なれば、体調を崩しやすい環境はどこにでもあります。
夏場の健康リスク対策は、季節の注意喚起だけでは不十分であり、安全衛生管理として職場全体で取り組むべき課題です。
職場の熱中症対策をめぐる法令は、ここ1年で大きく動いています。
2025年6月1日、改正労働安全衛生規則が施行されました。WBGT28度以上または気温31度以上の作業場で、継続して1時間以上または1日4時間を超えて行われる作業への対策の強化が求められています。具体的には、屋内・屋外や業種を問わず、対象となる作業を行わせる事業者には、熱中症のおそれがある作業者を早期に把握するための報告体制の整備と、作業からの離脱・身体冷却・医療機関への搬送までを含む実施手順の作成・周知が義務づけられました。違反した場合、6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が科される可能性があります。
2026年3月には、厚生労働省が新たに「職場における熱中症防止のためのガイドライン」を策定し、これに基づく「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」を5月から9月まで展開しています。重点事項として示されたのは、(1)WBGT値の把握と値に応じた予防対策、(2)早期発見と重篤化防止のための体制整備、(3)糖尿病・高血圧症など熱中症の発症に影響を及ぼすおそれのある疾病を有する者への医師等の意見を踏まえた配慮、の3点です。
国の方針は、熱中症対策を啓発から職場の管理へとシフトさせています。誰がWBGTを確認するのか、どの基準で作業を中断するのか、体調不良者が出たら誰に報告し、どこへ搬送するのか。そこまで具体化することが、いま企業に求められています。
熱中症対策と聞くと屋外や工場をイメージしがちですが、オフィスワーカーにもリスクは存在します。
通勤時に汗をかいてで出社し、十分に回復する前に会議が続く。外回りから戻ってもクールダウンの時間がない。会議室の換気や空調が不十分で、人数が多いと一気に蒸し暑くなる。座席によって体感温度が違いすぎ、冷えすぎて自律神経を崩す人もいる。いずれも珍しい光景ではありません。
加えて、寝苦しい夜が続けば睡眠の質は落ち、日中の集中力・判断力の低下や強い疲労感が現れます。前日の飲酒、朝食欠食、下痢、発熱が重なれば、同じ室温でも熱中症リスクは大きく上がります。
夏場の健康管理では、「環境が暑いか」だけでなく、「暑さに耐えられる体調であるか」、そして「もともと暑さに弱い体質や疾患を抱えていないか」の三つを重ねて見る視点が欠かせません。
熱中症は、本人が「これくらいなら大丈夫だろう」と思っていても、すでに体調には影響が出始めている場合があります。
顔色が悪い、返答が遅い、足元がふらつく、汗のかき方がいつもと違う、作業ミスが増える、休憩しても回復しない。こうした「いつもと違う」変化に最初に気づけるのは、本人ではなく周囲です。
管理職や現場責任者に求められるのは、医学的な診断ではありません。「普段と違う」と感じた時点で、本人の申告を待たず、安全側に判断して作業から離脱させる。この判断軸を持つことが重要です。屋外作業ではバディ制や定時連絡、巡視など、ひとりにしない仕組みも欠かせません。
ここで重要になるのが、図3に示した三要素のうち、②当日の体調と③個別要因を、夏前にどう把握しておくかです。
③の既往歴・長時間労働・睡眠不足・ストレス蓄積は、健診結果、ストレスチェック、勤怠データ、面談記録のあちこちに分散しています。バラバラに情報が管理されていると、リスクの高い従業員を把握することが困難です。
健康管理システムを使えば、この分散したデータを一つの画面で扱えるようになります。たとえばGrowbaseのような健康管理システムを活用すれば、健診データ、ストレスチェック、勤怠・就労データ、面談記録などを一元管理し、夏前に注意が必要な従業員を把握しやすくなります。長時間労働が続いている人、健診結果で配慮が必要な所見がある人、過去に暑熱環境で体調を崩した人などを早めに確認し、産業医との面談や、勤務上の配慮の検討につなげることができます。
夏季の健康リスク対策を、その場の声かけだけで終わらせず、データに基づく継続的な予防活動として運用することが、これからの安全衛生管理の方向性です。
熱中症対策は、安全衛生委員会でも重要なテーマです。
安全衛生委員会ではまず、職場環境を振り返り、暑熱負荷の高い業務を洗い出します。屋外作業、倉庫、配送、警備、外回り営業など、業務ごとにリスクの濃淡があります。そのうえで、WBGTの確認方法、休憩場所の確保、水分・塩分補給のルール、体調不良時の報告ルート、医療機関への搬送手順、産業医や保健師との連携、そして高リスク者への配慮を、一つひとつ点検します。
発生したヒヤリハットや軽症事例を記録し、翌月以降の委員会で振り返ることも有効です。事例の蓄積と振り返りが、対策の実効性を高めます。
夏場の健康リスク対策で求められているのは、従業員への注意喚起ではなく、暑熱負荷の早期把握、作業からの離脱判断、身体冷却、医療機関への搬送までの一連の流れを仕組みとして整えることです。
2026年の新ガイドラインを踏まえると、企業にはこれまで以上に具体的で実効性のある対応が求められています。現場・オフィスを問わず、夏季の健康リスクを「起きてから対応するもの」から「データと仕組みで予防するもの」へと位置づけ直すことが、これからの職場の健康管理に必要です。今年の夏に向けて、職場の備えをいま一度見直していきましょう。
<監修者プロフィール>
佐々木 規夫
産業医科大学医学部卒業。東京警察病院を経て、HOYA株式会社の専属産業医及び健康推進グループ統括マネジャーとして健康管理に従事。現在は上場企業や主要官庁の産業医として勤務する傍ら、精神科医を兼務している。
<資格>
・医師
・医学博士
・日本産業衛生学会産業衛生専門医・指導医
・社会医学系指導医
・日本精神神経学会精神科専門医
・精神保健指定医
・労働衛生コンサルタント