健康診断には、労働安全衛生法で定められた「法定健康診断」があり、企業は従業員のために法定健康診断を実施することが義務付けられています。よく知られているのは1年以内に1回行うことが決められている「定期健康診断」ですが、他にも法定健康診断はあります。
本記事では、法定健康診断の種類と規定している労働安全衛生法、健康診断実施時の法的な注意点を解説します。
労働安全衛生法は、職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境を形成する目的で制定された法律です。
労働安全衛生法は、昭和47年(1972年)に可決されました。そもそもは第二次世界大戦終戦後の昭和22年、新憲法を制定する際に「労働基準法」第5章(第42条〜55条)に労働安全衛生関連の法令が14条分盛り込まれたのが始まりです。
その後、1960年の高度経済成長期に大規模工事を実施したり、生産技術の革新で労働環境が大きく変化したりすると労働災害が急増します。毎年、労働災害によって6,000人を超える死者が出たことで、社会問題にもなりました。
こうした一連の流れを受け、1969年から当時の労働省や専門家が中心となり、労働安全衛生関連の法令を整備し、労働基準法から独立・分離する形で1972年に成立したのが労働安全衛生法です。
労働安全衛生法のうち、健康診断について記載されているのは第7章「健康の保持増進のための措置」の第66条です。
■労働安全衛生法第66条
事業者は、労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による健康診断を行わなければならない。
また、この条項では、健康診断を実施する義務が規定されています。規定された健康診断は大きく分けると2種類あり、一般健康診断と特殊健康診断です。
次章からは、一般健康診断と特殊健康診断のそれぞれについて、規定する労働安全衛生法と健康診断の内容をご紹介します。
一般健康診断に含まれる主な5つの健康診断を規定する労働安全衛生法や労働安全衛生規則と、健康診断の内容について解説します。
種類 | 定める法律 |
定期健康診断 | 労働安全衛生規則第44条 |
雇入れ時の健康診断 | 労働安全衛生規則第43条 |
特定業務従事者の健康診断 | 労働安全衛生規則第45条 |
海外派遣労働者の健康診断 | 労働安全衛生規則第45条の2 |
給食従業員の検便 | 労働安全衛生規則第47条 |
■労働安全衛生規則第44条
事業者は、常時使用する労働者(第45条第1項に規定する労働者を除く。)に対し、1年以内ごとに1回、定期に、次の項目について医師による健康診断を行わなければならない。
(※)第45条第1項に規定する労働者:特定業務従事者
1.既往歴および業務歴の調査
2.自覚症状および他覚症状の有無の検査
3.身長、体重、腹囲、視力および聴力の検査
4.胸部エックス線検査および喀痰検査
5.血圧の測定
6.貧血検査(血色素量および赤血球数)
7.肝機能検査(GOT、GPTおよびγ-GT(γ-GTP)の検査)
8.血中脂質検査(LDLコレステロール、HDLコレステロール、血清トリグリセライド)
9.血糖検査(空腹時血糖またはHbA1c、やむを得ない場合は随時血糖(食後3.5時間以上経過))
10.尿検査(尿中の糖および蛋白の有無の検査)
11.心電図検査
また、2項〜4項を設け、医師の判断で省略できる項目や、1年以内に受けた健康診断の項目は省略できることについて補足しています。医師の判断で省略可能な項目は、以下の7つです。
■労働安全衛生規則第43条
事業者は、常時使用する労働者を雇い入れるときは、当該労働者に対し、次の項目について医師による健康診断を行わなければならない。ただし、医師による健康診断を受けた後、三月を経過しない者を雇い入れる場合において、その者が当該健康診断の結果を証明する書面を提出したときは、当該健康診断の項目に相当する項目については、この限りでない。
1.既往歴および業務歴の調査
2.自覚症状および他覚症状の有無の検査
3.身長、体重、腹囲、視力および聴力の検査
4.胸部エックス線検査
5.血圧の測定
6.貧血検査(血色素量および赤血球数)
7.肝機能検査(GOT、GPTおよびγ-GT(γ-GTP)の検査)
8.血中脂質検査(LDLコレステロール、HDLコレステロール、血清トリグリセライド)
9.血糖検査(空腹時血糖またはHbA1c、やむを得ない場合は随時血糖(食後3.5時間以上経過))
10.尿検査(尿中の糖および蛋白の有無の検査)
11.心電図検査
雇入れ時の健康診断は、入社前3ヶ月以内に同じ項目の健康診断を受診している場合は、当該健康診断の結果を証明する書類(健康診断書、健康診断証明書)を提出すれば、該当する項目の健康診断に替えられます。
ただし、雇入れ時健康診断は定期健康診断とは異なり、医師の判断で項目を省略することはできません。入社前3ヶ月以内に健康診断を受診していても項目を満たしていない場合は、改めて雇入れ時健康診断を受診してもらうか、不足している項目を受診する必要があります。
健康診断書や健康診断証明書、入社前健康診断については以下の記事もぜひご参照ください。
[就職内定者が提出する健康診断書に必要なことは?]
[健康診断証明書とは?記載されている内容や注意するポイントまとめ]
[入社前健康診断の疑問を解決|受診するポイントや企業のフォローとは]
■労働安全衛生規則第45条「第13条第1項第3号」とは特定業務について定めたもので、以下の業務を規定しています。
事業者は、第13条第1項第3号に掲げる業務に常時従事する労働者に対し、当該業務への配置替えの際および6ヶ月以内ごとに1回、定期に、第44条第1項各号に掲げる項目について医師による健康診断を行わなければならない。この場合において、同項第4号の項目については、1年以内ごとに1回、定期に、行えば足りるものとする。
イ 多量の高熱物体を取り扱う業務および著しく暑熱な場所における業務
ロ 多量の低温物体を取り扱う業務および著しく寒冷な場所における業務
ハ ラジウム放射線、エツクス線その他の有害放射線にさらされる業務
ニ 土石、獣毛等のじんあい又は粉末を著しく飛散する場所における業務
ホ 異常気圧下における業務
ヘ さく岩機、鋲打機等の使用によって、身体に著しい振動を与える業務
ト 重量物の取扱い等重激な業務
チ ボイラー製造等強烈な騒音を発する場所における業務
リ 坑内における業務
ヌ 深夜業を含む業務
ル 水銀、砒素、黄りん、弗化水素酸、塩酸、硝酸、硫酸、青酸、か性アルカリ、石炭酸その他これらに準ずる有害物を取り扱う業務
ヲ 鉛、水銀、クロム、砒素、黄りん、弗化水素、塩素、塩酸、硝酸、亜硫酸、硫酸、一酸化炭素、二硫化炭素、青酸、ベンゼン、アニリンその他これらに準ずる有害物のガス、蒸気又は粉じんを発散する場所における業務
ワ 病原体によつて汚染のおそれが著しい業務
カ その他厚生労働大臣が定める業務
つまり、特定業務従事者の健康診断とは、定期健康診断の代わりに行うもので、一般業務に従事する人が1年以内に1回受診するところ、人体に影響を及ぼしやすい業務に従事していることから、6ヶ月以内に1回と受診の頻度を高めた健康診断のことです。
受診する項目は定期健康診断と同じですが、受診項目のうち「胸部エックス線検査および喀痰検査」に関しては、定期健康診断と同じ、1年以内に1回の頻度で良いと定めています。
■労働安全衛生規則第45条の2
事業者は、労働者を本邦外の地域に6ヶ月以上派遣をしようとするときは、あらかじめ、当該労働者に対し、第44条第1項各号に掲げる項目および厚生労働大臣が定める項目のうち医師が必要であると認める項目について、医師による健康診断を行わなければならない。
これは、海外に従業員を派遣しようとする際、定期健康診断の項目に加えて医師が必要と認めた項目について健康診断を行わなくてはならないとするものです。海外から帰ってきた従業員が日本国内で業務を開始する前にも、同様の健康診断を行うことが同条2項で定められています。
健康診断に加えられる可能性があるのは、以下の項目です。
・腹部画像検査(胃部エックス線検査、腹部超音波検査)また、同条3項では、定期健康診断や雇入れ時健康診断、雇入れ時健康診断に替えた書類を提出している場合、実施から6ヶ月以内の結果に限り、当該健康診断の内容を省略することもできると定めています。つまり、雇入れからすぐ海外派遣となった場合、追加で必要な検査を行い、問題がなければすぐ出発できるということです。
・血中尿酸値の検査
・B型肝炎ウイルス抗体検査
・ABO式およびRh式の血液型検査(派遣前のみ)
・糞便塗抹の検査(帰国時のみ)
■労働安全衛生規則第47条給食従業員の検便は対象となる業務が限られている反面、正社員やパート・アルバイトなどの勤務形態に限らず、従事することが決まった時点で行う必要があることに注意しましょう。
事業者は、事業に附属する食堂又は炊事場における給食の業務に従事する労働者に対し、その雇入れの際又は当該業務への配置替えの際、検便による健康診断を行なわなければならない。
特殊健康診断を規定する労働安全衛生法はありませんが、それぞれの有害業務について関連法(関連規則)が定められています。企業は、当該有害業務に従事する従業員に、勤務形態に関わらず健康診断を受診させる必要があります。
各有害業務を規定する関連法は、以下の通りです。
有害業務 | 定める法律 |
屋内作業場等における有機溶剤の製造、取り扱い業務 | 有機溶剤中毒予防規則第29条 |
鉛業務 | 鉛中毒予防規則第53条 |
四アルキル鉛等業務 | 四アルキル鉛中毒予防規則第22条 |
第一類、第二類の特定化学物質を製造、または取り扱う業務 | 特定化学物質障害予防規則第39条 |
高圧室内業務および潜水業務 | 高気圧作業安全衛生規則第38条 |
放射線業務(管理区域に立ち入るものに限る) | 電離放射線障害防止規則第56条 |
じん肺法施行規則別表で定められた24の粉じん作業 | じん肺法第3条、第7~第9条の2 |
除染等業務 | 東日本大震災により生じた放射性物質により汚染された土壌等を除染するための業務等に係る電離放射線障害防止規則第20条 |
石綿等の取扱い等に伴い石綿の粉じんを発散する場所における業務(過去に従事したことのある在籍労働者を含む) | 石綿障害予防規則第40条 |
それぞれの健康診断の内容は細かく異なるため、ここでは割愛します。主要な健康診断については以下の記事で詳しく解説していますので、ぜひご参照ください。
[健康診断の種類にはどんなものがある?項目や規定を詳しく解説]
労働安全衛生法に則って健康診断を実施するためのポイントを3つ解説します。遵守できない場合、労働基準監督署からの指導が入り、さらに無視を続けた場合には50万円以下の罰金を支払わなくてはなりません。以下のポイントを心がけ、労働安全衛生法を遵守しましょう。
ここまでご紹介してきたように、労働安全衛生法第66条で規定される健康診断は「法定健康診断」と呼ばれ、企業が対象の従業員に受けさせることが義務付けられた健康診断です。法定健康診断の費用は企業負担となりますので、間違って従業員負担としないよう気をつけましょう。
法定健康診断のうち、雇入れ時健康診断や定期健康診断の対象者は「常時使用する従業員」とされています。これは、正社員だけでなく「1年以上の雇用予定があり、週の労働時間が正社員の4分の3以上」という条件を満たすパート・アルバイトの従業員も対象なので、注意しましょう。
詳しくは以下の記事で解説していますので、ぜひご参照ください。
[健康診断は従業員の自費?健康診断の種類ごとに支払う対象者を紹介]
健康診断の結果は、本人の承諾を得た上で一定期間保管しなくてはなりません。例えば、定期健康診断の場合は5年間の保管義務があります。保管形態は書面でも電子データでも構いません。
また、健康診断結果は一部報告義務があります。労働安全衛生法52条によれば、「常時50人以上の労働者を使用する事業者は、第44条、第45条、第48条(定期のものに限る)の健康診断を行ったときは、遅滞なく、定期健康診断結果報告書様式第六号を所轄労働基準監督署長に提出しなければならない」とされています。
つまり、常時使用する従業員が50人以上いる事業場で定期健康診断、特定業務従事者の健康診断、歯科医師による健康診断を行った場合は労働基準監督署長に報告書を提出しなくてはなりません。
これに明確な罰則規定はありませんが、報告を長期間怠ると労働基準監督署から連絡や注意を受けることがありますので、結果が出たらできるだけすぐに報告書を提出するようにしましょう。
健康診断は実施して終わりではありません。実施後の各種取り組みについても、労働安全衛生法で規定されています。例えば、「健康診断の結果について、医師等からの意見聴取(労働安全衛生法第66条の4)」「健康診断の結果の労働者への通知(労働安全衛生法第66条の6)」などです。
詳しくは以下の記事で解説していますので、ぜひご参照ください。
[健康診断に関する法律とは?費用は福利厚生費として計上できる?]
一般健康診断と特殊健康診断は、労働安全衛生法で定められた企業の義務です。これを法定健康診断と言い、それぞれ対象となる従業員に受診させる必要があります。費用は企業負担となることや、結果の保管義務・報告義務、実施後の取り組みなどに注意しながら、労働安全衛生法を遵守して健康診断を実施しましょう。
労働安全衛生法に則った健康診断を実施する上で、受診義務のある従業員とない従業員や、健康診断の種類をチェックするのは大変です。クラウド型健康管理システムのGrowbase(旧:ヘルスサポートシステム)なら、受診義務のある従業員とない従業員、業務ごとの従業員の抽出なども簡単に行えます。健康診断結果を電子データ保管しておけばかさばることもありませんので、ぜひ一度ご検討ください。
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