2月・3月は「健康経営のオフシーズン」ではない
多くの担当者が、調査票を提出した秋以降、3月の認定発表までを「待ちの期間」と捉えがちです。しかし、健康経営の年間スケジュールにおいて、冬の期間は決してオフシーズンではありません。
4月から新年度の施策をスムーズに開始し、8月の申請に万全の状態で臨むためには、今まさに「基盤整備(戦略や体制の見直し)」と「PDCA(評価・改善)」を行う必要があります。具体的には、お手元のフィードバックシートをもとに、以下のサイクルを回すラストチャンスが今の時期です。
1. Check(評価):今年度の施策実施状況と結果を評価する。
2. Act(改善):戦略(ストーリー)と戦略マップを見直し、次年度計画を策定する。
3. 承認: 見直した方針について、経営層のコミットメントを得る。
フィードバックシートの「見るべきポイント」と優先順位の付け方
フィードバックシートには多くのデータが並んでいますが、すべてを網羅的に改善しようとするとリソースが不足します。 最新のトレンドである「質の向上」と「人的資本経営の土台」という観点から、以下の3つの優先順位で数値をチェックしてみましょう。
優先順位1:認定要件(必須項目)における「経営関与の質」
まず最優先で確認すべきは、ホワイト500認定に関わる必須要件です。
特に令和7年度調査から厳格化された「経営層の関与」のスコアに着目してください。
会議の開催回数だけでなく、「経営会議等の執行側の会議体」で、具体的にどのような「決定(目標・予算等)」や「報告(KGI 達成状況・費用対効果等)」が行われたか、その中身(質)が問われるようになっています。もしこの項目の評価が低い場合、担当者レベルの努力だけでは改善できません。この2月中に結果を経営層に報告し、次年度の方針決定プロセスを「経営マター」に引き上げる準備が必要です。
優先順位2:戦略マップの「ストーリー(論理)」
次に、施策の実施状況(KPI)と最終的な目標指標(KGI)の数値を突き合わせてみましょう。 よくあるケースが、「施策は計画通り実施する(KPI)と目指したい健康課題(KGI)が結びついていない」というパターンです。
この場合、改善すべきは施策の回数ではなく、「戦略マップ(ストーリー)」そのものです。 「設定した施策が、本当に解決したい経営課題につながっているか?」というロジックが破綻している可能性があるため、2025年3月改訂の「健康経営ガイドブック」等を参考に、戦略マップの見直しの検討が必要です。
優先順位3:「健康風土」に関連する指標の低迷
3つ目は、最新の重要トレンドである「健康風土」に関する指標です。
たとえ優れた健康施策を用意しても、従業員がそれを利用しづらい雰囲気があれば効果は上がりません。 フィードバックシートで、複数の施策において参加率や満足度が伸び悩んでいる場合、ボトルネックは個々の施策内容ではなく、土台となる「組織の雰囲気(健康風土)」に関連がある可能性があります。「POS(知覚された組織的支援)」などの指標を確認し、組織風土そのものへのアプローチが必要かを見極めるのもよいでしょう。
数値目標の先にある「本来の目的」へ—足場を固めるストーリーの再構築
フィードバックシートの偏差値や順位はあくまで「現在地」を示す指標に過ぎません。次年度の計画を立てる今だからこそ、数字の変動に一喜一憂するのではなく、まずは足場を固めるために「そもそも、何のために健康経営に取り組むのか」という原点に立ち返る必要があります。
健康経営の本来の目的は、認定を取得すること自体ではありません。健康経営という仕組みを「手段」として活用し、従業員の健康風土を醸成し、結果として組織全体が活性化することこそが目指すべき姿です。しかし、年数を重ねるごとに「認定継続」自体が目的化し、以下のような「形骸化」のサインが出ていないでしょうか。
- ・施策が外部業者への丸投げ(アウトソーシング)だけで終わっている
・現場の実情を知らない部署だけで計画が進み、従業員に響いていない
・中長期的な視点が抜け落ち、単年度の数字合わせに終始している
こうした形骸化を防ぎ、本質的な取り組みへと昇華させる鍵となるのが、産業医や保健師など産業保健スタッフとの連携です。経営層への報告や次年度のストーリー(戦略)を見直す際は、これらの専門職とも連携し、データの向こう側にある「現場のリアルな空気感」や「従業員の生の声」をもとに、実効性のあるアクションに繋げていきましょう。
まとめ:データに基づく改善サイクルを回すために
フィードバックシートは、単年度の成績表(点)として見るのではなく、過去からの推移や施策履歴と合わせて「線」で見ることで、正しい優先順位が見えてきます。
4月からの新年度に向け、残された時間はあとわずかです。 この2月・3月を、単なる集計期間にするか、次年度の飛躍に向けた戦略期間にするか。産業保健スタッフとデータを囲み、組織の健康課題と向き合うことから始めてみてください。
2000年産業医科大学医学部医学科卒業。松下電器健康保険組合(現パナソニック健康保険組合)産業医を経て、2005年よりライオン株式会社統括産業医として勤務し、2015年4月よりにしのうえ産業医事務所開設。
現在は複数の産業医を主業務とし、その他、労働衛生コンサルタント、講演、執筆、学生指導、研究活動を行っている。
<学会等活動歴>
・日本産業衛生学会関東産業医部会幹事
・日本産業衛生学会多職種連携の会世話人
・日本橋医師会産業保健部委員会委員
・東京中央地域産業保健センター(登録産業医)他
<資格>
・医師
・医学博士
・日本産業衛生学会指導医・専門医
・社会医学系指導医
・労働衛生コンサルタント